震災寄付 報告

  今年の “17th・あーとらんだむ” の売り上げの 20% を
  被災地へ寄付する と宣言したわけですが、あーとらんだむ の
  清算も終わり 本日 寄付金 を振り込んで参りました。

  売り上げとしては 涙・涙・涙・・・だったのですが、震災用にと
  生地代+寄付金 という形で提供した作品が ボチボチと売れ
  震災用提供作品分 と 売り上げの20% の合計で
  ¥156、364 になりました。  そこから ¥156,000 の寄付金と
  ¥330 の振り込み手数料となりました。

  お買い上げ下さった皆様 どうも ありがとうございました!


さて、寄付を何処にするかと 散々悩んだのですが、赤十字の義援金 は未だにプールされて まだ時間が
掛かりそうなので 最初から 没。   (早く配らなければ役に立たネェだろ~と思うのですが・・・)

新聞の記事に載ってた “被災された地元の方を アルバイトで雇って 地元の片付けを行う” という
キャッシュ・フォー・ワークス (CFW) というのが 現在一番 有効かと思え それを行っている
国際ボランティアセンター山形 (IVY) に寄付をさせて頂きました。

その他にも 震災で親御さんを亡くされた子供達への “あしなが育英会” とか、自分の生まれ育った場所で
なくても出来て、地域を限定できる (詳細)   “ふるさと納税” といった ものもありました。


今回、ボランティアに連れて行って貰って 現場を目の当りにして、広い地域が被災され 完全復興には
まだまだ 10年~ といった永いスパンで 応援していかなければならないだろうと思いました。
これからも 出来る範囲で 関わって 応援していきたいと思います。    まだまだこれから・・・

使い込まずに 公約?を果たせて 良かった・・・     とりあえずの 肩の荷が下りた 仙人様であった・・・




・・・さて、月日は流れて 8月22日


  国際ボランティアセンター山形より 領収書 が送られて来ました。
  添えられていた手紙には 現在 現地のコーディネーターが中心と
  なって、瓦礫の撤去やヘドロ除去を始め、物資や食品の配達、また
  炊き出しイベントの開催等 町の復興に向けて活動してるそうです。

  領収書が送られてきて、当たり前といえばそれまでだけど一安心。

この “キャッシュ・フォー・ワークス” は来年3月までの継続を考えているそうですので、
是非 引き続きのご支援ご協力をお願い致します。



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2011年06月20日 Posted by 染師 麗 at 22:11お知らせ

頑張ってきてね!

怪我をする事も無く “邪魔” をする事も無く 無事に帰ってきた ボランティア活動でしたが・・・

“第5期” の応募が少ないとの事だったので、この時期 時間に余裕もあるしで “もう一回行こう” と思い
第5期ボランティアに応募したのですが、オッさんは要らないと断られました。  (ウソだよ~ん)

締め切りを終えてみると 応募者が定員をオーバーしたそうで、初めての方を優先するという事になり
オレは 涙・涙の “自宅待機???” となりました・・・
5期ボランティアに行くつもりで 気合も充分、荷物もスタンバったままだったのですが・・・


  ← 3ヶ月が過ぎたというのに 港部は こんな状態。

  ボランティアで出来る作業は微々たるものですが、
  この様な状態を 直に眼で見て 様子を多くの人に
  知って貰う事の方が 大事だと思う。


定員オーバーになる程の 応募があるなんて まだまだ日本も捨てたもんじゃ無いジェ!
オレも また違った形で 関わっていきたいと思います。
現在 現場に行ってる 3期の皆さん、これから出掛ける 4・5期の皆さん 頑張ってね!


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2011年06月16日 Posted by 染師 麗 at 07:17日々平安

祝 “米寿”

さて、ボランティアから帰って来て あわただしく日々が過ぎ 数日前の事になってしまいましたが・・・

  先日の 6月14日 (土)に オレがお世話になってる
  オバァちゃんの  “米寿”  の会がありました。

  ← お嫁さん・孫と キレイどころに囲まれて。

  子・孫・ひ孫 と 4代の大家族。  ス・ゴ・イ!人数・・・
  (仙人様 お客さんという事で、主賓お隣の席という名誉)


  2004年 あーとらんだむ20周年記念 で 上海・多倫美術館で
  行われた オレの展示会・パフォーマンスの時に御一緒して以来
  何かと可愛がって貰ってます。  (足を向けて寝られない・・・)

  ← 太極拳の中の? 剣の演舞を披露。

  以前にヒザの手術をして “ボルト” が入ってるそうですが なにせ
  “お達者” で、海外旅行に 年4・5回は出掛けられます・・・


更に え・ら・い! と思うのは 旅行に “行きっぱなし” では無く、毎回チャント “旅行記” として
まとめて 小冊子にするんですねぇ・・・  (オレはその旅行記の大ファンで毎回見せて頂く)
アメリカ・ヨーロッパは勿論、去年は インドにまで行って来たんですね・・・   ス・ゴ・イ・・・
また、スペインが好きという事で 良くスペインにも行かれ スペイン語の勉強も いまだにされてるんですね。

また、オレからするとお金持ちなんだけど? “貧乏性” って言うんですかネェ 時間があると何かしらやってる。
以前 一緒に電車に乗ってた時も 折り紙なんかを折ってたし (今年の展示会時にもお願いした
パソコンやら携帯メールなんかの新しい事も オレよりよっぽど上手。  (ひ孫に教わるんですかネェ・・・)

“卆寿” は楽勝クリア。  “白寿” ・ “祝・三桁” と、まだまだ “不良バァサン” で頑張って欲しい。

・・・オレの尊敬するお年寄りの 女性代表の オバァちゃんの話でした!





さてさて、毎度おなじみの 我田引水・自画自賛・・・

  今回の “米寿の会” で “初お披露目” を頂いた
  オレの “リーサルウェポン???” であります。
       (三十三間堂の帯

  まぁ、良くぞ “三人様” で着て頂いて 涙・涙・涙・・・
  こうして 着て貰って 作品に逢えるって シ・レ・ウ~!
  (が、キレイどころに後ろを向かせるといった失礼・・・)


  さて、しんがりに控えしは 当工房専属モデルさん

  これまた 帯が 仙人様の作品なんですね。
  ← 同系色でまとめて オ・シャ・レ!
  涼しげで これからの季節 イイですね。

  そんなこんなで 楽しい時間を過ごさせて頂きました。
  (時間が無くバタバタしてしまいスミマセンでした)

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2011年06月15日 Posted by 染師 麗 at 22:11日々平安

初ボランティア報告 4

オッさんが行って役に経つんかいな??? と思いながらも 連れて行って頂いた ボランティア活動でしたが
“邪魔” する事も無く 怪我をすることも無く 無事に帰ってくる事が出来ました。

今回 一緒に行った 初参加の青年も言ってましたが、“思っていたより敷居は低かった” と、オレも同感でした。
ボランティアセンター ・ 各現場で 中心となってる方々が、それぞれに出来そうな仕事を割り振ってくれるので
何かしら “できる事” があると思います。
それに現場に来てる方々は皆 “同じ志” を持っているので 通じ合える?のも早いし。

今回連れて行って頂いて ホント良かったなぁと思うのは “TVの画面” からでは伝わって来ない モノ・事が
沢山あって、個人のボランティア活動なんていうのは微々たるものなんだけど そんな “感じ” を感じて
これたのが とても大きな収穫だったと思いました。     (未だ整理しきれてませんが・・・)

今回のボランティア活動において 行くバスの車中・ミーティング等で 地元の方々にとっては “被災地”ではなく
“故郷” なんだとか、他所者にとっては “ゴミ” でも被災された方々にとっては “生活の一部” だったんだ
とか、使う “言葉” にも充分配慮して欲しいと 散々に脅かされ?ましたが、接してくれた 現地の方々は
とてもやさしく 他所者にも大変気を使ってくれました。  (ただ、お年寄りの喋る言葉は半分以上???でした)

今回 被災地を視察させて頂いて とても1~2年で復旧できるものではなく、10年~のスパンで応援して
行かなければならないと思います。    皆で がんばろうジェ!   オレも頑張る! ← ???




さて、そんな ボランティア活動でしたが・・・

  活動前日は お酒もホドホド・・・  10時消灯でしたが・・・
  ← 2日間の活動を終え 皆集まってきての “大宴会”

  野郎同士では日々集まって “小宴会” でしたが、最終日には
  女性陣も加わりの 大宴会で お酒は進む・夜はふける・・・

 これにて 今回の活動 “お開き!”



もっともっと伝えたい事が イッパイ有ったんだけど、文章力の無さ・未消化の気持ち・等々で お茶を濁したって
感じで終わるのが 少々残念です・・・        が、これからも永いスパンで応援して 10年後とかに
大船渡の町に行って “お互い良く頑張ったな!” と 思い出話に出来たらと思います。


最後に イロイロ尽力してくれた 社協の御二人、皆のまとめ役になってくれた 先生、そして我が愛する???
ボランティアメンバーの皆、 お世話になりました!  どうも ありがとうございました!


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2011年06月13日 Posted by 染師 麗 at 10:40日々平安

初ボランティア報告 3

ボランティアも 2日目となり 気持ちにも少し余裕が出てくる。

遠野の宿泊させて頂いてる公民館を 7:30頃出発して 小一時間掛けて 大船渡のボランティアセンターへ。
ボランティアセンターに着いても なかなか行き先が決まらず 15分程 指示待ち・・・  
 (その時間もボランティアのうちという事でした)

2日目は 武蔵野チーム 2班に分かれて、男女混成6人チームは、個人宅の床下の泥搔きへ。
かなりの大きなお宅との事でした。  泥がまだかなり水分を含んでたそうで皆服が泥で汚れて帰って来ました。

男女8人チーム (仙人様を含む) は、“連合” という広島から来たという 12~15人のチームと組んで
港の 反対側の 赤碕 という地区の 側溝の 泥・砂利の搔き出し作業に バス・ハイエースに分乗して。

側溝には コンクリの蓋がしてあるのですが、その中に泥・砂利・その他諸々がビッシリと詰まっていました。
連合の方々は慣れた様子で作業をして行くので、教えてもらったり 見よう見まねで 武蔵野チームも奮闘。
側溝に詰まっていた 泥・砂利が まだ完全に乾ききっていなかったので 大変ではありましたが まだまし。
これが完全に乾いてたらと思うと 気が遠くなりました・・・   (早いうちの作業が良いんですね)
100m以上は有にあったと思われる側溝を 連合・武蔵野混成チームで 午前中で 泥・砂利の搔き出し終了。

作業していた場所はトイレなど無い場所で、女性陣が居るので 昼休憩にボランティアセンターまで戻る。
午後は 個人宅の床下の泥搔きを終えて 戻ってきた 6人チームと合流して 再度 赤碕地区へ。
初めて、武蔵野チーム全員一緒の活動。  (3日目になってるのでこの頃には皆互いに名前で呼び合ってる)

武蔵野チーム全員、連合チームに午後から参加のメンバーが加わり 総勢30人近くで、午前中に搔き出した
泥・砂利・他を土嚢袋に詰める。  しかしこれはイロイロな物が混ざってるので “土嚢” としては使えない
との事でした・・・      その後どうするんだ???という疑問も残りましたが・・・
途中から 女性陣は そこら辺りのゴミ拾い?   既に思い出の品等は拾われてたそうですが、まだまだ
いろんな物が散乱してる状態でした。      そんなこんなで 3:30頃 2日目の作業終了。

2日目の作業終了後は 被害のひどい “陸前高田” を視察に行く事になっており 武蔵野チーム全員で。
陸前高田は 大船渡の 隣の町なので、バスで30分程。    (一山超えてといった感じです)


  オレ等が作業した 大船渡の町は 平坦な部分が少なく
  湾から 徐々に高度が上がり 高台となってるので
  港の部分の被害は酷いんだけど、少し行くと被害を
  受けていない場所も多く 町が動き出していたんだけど
  ← こちら 陸前高田は 湾から平坦な部分が多くて
  津波で町全体が “さらわれた” って感じだった・・・


  ← 写真手前側が 道路を挟んで すぐに海。
  写真の水没してる部分には 住宅があったそうです。
  それらが流され 地盤沈下もして この様な状態・・・
  大船渡の町は “悲惨だなぁ・・・” と感じられますが
   (そこには “生活してた感じ” が残っていて)
  こちらは 何も無くなっているので、他所から来た人間には
  昔からこんなだったんじゃないかとさえ思わせます・・・

  町の外れには (上写真では画面左奥の辺り)
  動かなくなった 車 が集められてました。
  (1期でボランティアに行かれた方々は こういった
   車のナンバー外し等もやったそうです)

  こちらでは 未だ重機を使っての瓦礫集めをやっていて
  ボランティア活動をしてる方々は見受けられませんでした。



バスの中からの視察を終えて 2日間のボランティア活動も怪我人も無く 無事終えて 遠野の町へ・・・
2日間とも 天気に恵まれ 全員 汗・泥まみれ。  説明会では 帰る日に温泉に入れるだけとの事でしたが
社協のコーディネーターの方々の尽力で、作業した2日間とも 風呂に入れて幸せでした。    報告・4へ

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2011年06月12日 Posted by 染師 麗 at 21:42日々平安

初ボランティア報告 2

さて、武蔵野市から行った14人のボランティアチームですが、全員が同じ場所に作業をしに行くのではなく
大船渡のボランティアセンターで それぞれ必要とされてる場所に人数を 割り振られました。
(ボランティアセンターに行ってみないとどんな作業に付くのか分からないミステリーツアー?です)


作業初日 6:00起床となってたのですが、野郎連中は興奮しているのか 5:00頃から起きてました。
朝食を取り 7:30 宿泊場所の遠野市から お昼のお弁当をコンビニで各自調達して 大船渡市へと・・・

初日 午前中 女性陣6人は調理補助、配食へと。  野郎チーム6人は中学校工作室の荷物を体育館へ
移動してから工作室の片付け&掃除をして 中学生の皆さんが使えるようにセット。

残りの野郎2人チームは (ボランティア経験のある青年と仙人様) ボランティアセンタースタッフ?の
地元の19歳の青年と3人で 個人宅の庭の泥?の 搔き出し&整地&砂利敷き&石灰撒き作業。
そこのお宅一帯は 港から7~800m位だと思うのですが、1階上部まで浸水したそうです。
しかし、床下の泥搔きも済ませ 畳も取り替えて 普通の暮らし?に戻ってるといった感じでした。
作業は思っていたより早く 11:40頃に終わり 時間が半端なので そのまま お昼タイムに。


  早めの 昼休憩になったので近所を視察。

  町中の建物のいたる所に ← 写真のように
  すじが付いてるのですが、ここまで海水が押し寄せてきた
  痕跡だそうです。  ここの工場でも港から7~800m位
  有るようですが 港へと続く川から100m位の場所でした。


  ← 港へと続く川 (画面左手)   画面奥が 港方面

  画面右手に見えるように 道路は何処も瓦礫が撤去され
  車の通行がスムーズに出来るようになっていました。
  しかし、道路脇には 未だ処理されない瓦礫が山と
  積み上げられていて 復旧には時間が掛かりそうです。




女性陣は 午後も引き続き 避難場所でのお手伝い。  野郎チーム6人も引き続きもうしばらく中学校。

野郎2人チームは 地元で被災してボランティアをやってる青年と 九州からボランティアに来た青年との
混成4人組で 近所の個人宅の床下の泥搔きへと。  すでに床板は剥がしてあり 床下の泥をスコップで
搔き出すのですが、ネダ (床下の骨組み?) が邪魔で 大きなスコップでは作業がはかどらず、センターへ
小さいスコップを借りに。  小さいスコップで幾分作業効率は良くなり 被災された青年の話を聞きながら
作業を続ける。  終わりが見え始めた頃に 中学校が終わった野郎6人チームが応援に駆けつける。
人数が増えると ガシガシと片付き 3:30頃に石灰を撒き 初日の作業終了!

宿泊場所の遠野市へ帰る途中 マイクロバスの運転手さんが被害のひどい 港周辺を回ってくれたのですが
オレ等の作業していた場所からは比べ物にならない位 悲惨で ホント凹みました・・・    前日写真
最前線では オレ等のようなボランティアでは ほとんど役に立たず、重機を使えるプロで無いと 手に負えない
といった感じを受けました。    勿論 “マンパワー” が必要なのは言うまでもありませんが。

夕食・次の日の朝食を買い出して 宿泊場所へ帰る。  本来 宿泊施設には風呂が無いので 最終日まで
風呂に入れないという事だったんだけど、社協コーディネーターの尽力で近所の小さい温泉へ・・・
災害復興の自衛隊の方々が 近くのグラウンドに基地を張ってるので、自衛隊の方々と温泉に浸かる???

その後 ボランティアメンバーでミーティングを 1時間ほどして 夕食。
10:00 消灯だったのですが、ヘロヘロ仙人 9:00にダウン。  しかし興奮してるのかなかなか寝つけず
結局 他の皆さんと同じ 10:00 消灯。    宿は有るのですが、広間の床の上。 少々硬い・・・
でも、体育館へ避難してる方々は この状態が 3ヶ月かと思うと いたたまれません・・・


  初日 無事終了。        報告・3へ                


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2011年06月12日 Posted by 染師 麗 at 08:24日々平安

初ボランティア報告 1

急遽 武蔵野市民社会福祉協議会 の 災害ボランティア に参加して 岩手県・大船渡に行ってきました。
一緒に行ったメンバーの支えのお蔭で 現地で “邪魔” する事無く 無事帰って来られした。

今回 御一緒した方々は 大学の先生、学生さん、仕事を退職された方、仕事をやめ現在就活中の方、フリーで
仕事をされてる方・・・ とバリエーションに富んでおりました。
ボランティアメンバー 12人 と 武蔵野市民社会福祉協議会 からコーディネーターの方 2人の 計14人。
メンバーの中で ボランティア経験者は2人、その他は今回が  “ボランティア初参加”
・・・その14人で 第2期ボランティアチーム として 岩手県・大船渡市へ行って参りました。



  ← 大船渡 港すぐの繁華街

  港から徐々に高台へとなっていて 高台地域の被害は
  それ程でも無いのですが? 港付近に繁華街の被害は
  始めて見た時には凹みました。  (よそ者のオレでも)




今回 宿泊させて頂いた 遠野市では “まごころネット” というボランティアセンターがあり そこが
ボランティアの方々と 各被災地のボランティアセンターの “中継基地” となって、ボランティアの方々を
岩手県の各被災地ボランティアセンターに割り振ったり、宿泊の受け入れ等をしてバックアップしてます。
その 遠野市 と 武蔵野市が “姉妹都市” という関係で、今回のボランティア活動となりました。

東京都の各区・市等からもボランティアに行ってるようですが、武蔵野市では 1~5期 と 6月中の毎週
ボランティアを送っています。  (現在3期までは締切りました)
4期・5期 の応募の締切りは 6月14日 (火) です。  (武蔵野市在住・在勤の方のみですが・・・)
現在 5期の応募が少ないようなので、もし時間的な余裕があったら 是非 参加お願い致します!


なんやら短期間にいろんな経験をしたので ドタマ(頭)の中がグッチャグチャ・・・
スンマセン・・・    少しドタマを整理して次回という事で・・・       報告・2へ

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2011年06月11日 Posted by 染師 麗 at 11:55日々平安

達者でな!

  縁あって 昨年10月より同居していた “クーちゃん” ですが
  ここのところ気温も上がってきたし、2~3日は天気も良いとの事で
  本日 無事 自然の下へと帰って行きました。  
  越冬してくれて ありがとな!    オレも頑張るジェ!
  カラスに食われるなよ!    ガキンチョに捕まるなよ!
  また縁があったら 何処かで会おうジェ!    またな!

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2011年06月04日 Posted by 染師 麗 at 18:33日々平安